My Squares – ステートメントⅥ:絵と言葉の順序

ステートメントⅠを補足しておきたい。絵と言葉の順序について。

四角の中に四角を描くなどというナンセンスを何故やっているのかと言うと、言葉からスタートしたくなかったからだ。昨今アートは言葉に隷属している。まずステートメントやメッセージがあり、それらを物質化したものが絵や彫刻や映像、といった具合だ。これでは作品は予定調和に陥り、展開も転回もない。また、俳人でもある私には「言葉でできることは言葉でやればいい」と思えてしまう。

さて面白いことに、絵が言葉から出発せずとも、人は何らかの「意味」を画面に見出だす。壁の染みが誰かの顔や動物の形に見えるように。十の鑑賞者からは十の鑑賞が聞かれる。私自身も、単なる四角を描き続けるうち、自己の問題意識や嗜好を見る、単なる四角のうちに。絵を起点として、言葉が紡ぎ出される。

かつてはプルーストがフェルメールを、ヴァレリーがドガを、バルトがトゥオンブリーを語った。今は、アーティストが哲学者やキュレーターの尻を追いかけている。順序が逆だ。言葉を起点として描くのではなく、そこから言葉が生まれるような絵を描きたい。

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